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GO EXPLORING

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主に産業遺産や戦争遺跡の他、B級スポットなど巡ってます 気まぐれで更新して行きたいと思います



前回の続き
ブラアイチルートから脱線してしまったが話を元に戻すよ!


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再び舞台は佐奈川
佐奈川橋梁から少し南下し豊川駐屯地を目指す

ちなみに現在の佐奈川は海軍工廠の用水のため真っすぐな河川に改修されたみたい


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しばらく進むと橋を発見


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開運橋というらしい
この開運橋から豊川稲荷南西の交差点までを開運通りというが、海軍工廠稼働当時は海軍通りと言われていた
終戦後改名されて海軍を文字って開運通りとなったみたい


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ということで橋も海軍橋だったのかな~とか思ったけどこれ読むと昭和46年築だったから違うのかな?
ただ前回紹介した豊川鉄道工廠線が出来るまでは、この通りが豊川駅から工廠までのメインの通勤路だった
終戦当時の航空写真を見ると橋が架かっているので以前の橋は海軍橋だったかもしれない


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ということで開運橋から西側へ進み豊川駐屯地に来た
正門付近にある建物が工廠時の工学部硝子研磨工場であり現在は豊川駐屯地が利用している


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早速中に入る


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今回は資料館と売店しか入れないみたい
まず装備品展示を見てみる


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74式戦車がある


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61式戦車もある


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35mm二連装高射機関砲


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74式自走105mm榴弾砲


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60式自走106mm無反動砲


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155mm榴弾砲 M1


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60式装甲車


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HU-1B


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歩哨舎がある
豊橋市の時習館高校にあったものを移設したみたい


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資料館があり、旧軍時代の展示と自衛隊となってからの展示がされている


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帽子を取って下さいとあるのでヅラを外して入室することとする


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内部はこんな感じ
細かい紹介は避けるが当時の軍の装備品や豊川海軍工廠の模型の展示もされてる


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部屋の端っこになんか落ちてた



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売店も入れた
中は隊員の休憩所になってる


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ということで豊川駐屯地を後にし最後に豊川稲荷に向かおう


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豊川稲荷までやってきた
稲荷の西側に供養塔がある
豊川海軍工廠を狙った空襲により亡くなった戦没者を悼んで建てられた


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由来が書かれている
手を合わせた後、豊川稲荷境内に入る


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豊川稲荷の有名な場所に行ってみよう


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B級スポットとして有名な場所になる
とにかく狐がたくさんいる


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そしてこの岩
この岩の隙間に硬貨が差し込まれているみたい
それでその硬貨お守りとして持ち帰ると金持ちになるらしい
一年後に儲かったらその持ち帰った硬貨の何倍~10倍の硬貨を差し込むというルールがあるらしい
 

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ちなみに豊川稲荷ですが神社ではなく円福山妙厳寺という曹洞宗のお寺です
一般的に豊川稲荷と言われるがあくまでも通称らしい


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一応、豊川稲荷も日本三大稲荷の一つと言われているけどお寺なんだよね
京都の伏見稲荷は神社だからイマイチ定義がわからんw
いや、三大稲荷自体諸説あるようだけど・・・


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明治維新後に発足した政府により発令された神仏分離令により発生した廃仏毀釈により
豊川稲荷も存続の危機にあったようだ
それ以前の日本は神仏習合と言って仏教と神道が互いに影響を受け、融合した状況だった
そう考えると三大稲荷に神社と寺院が混ざるのも分からなくもないかな?

今の日本人が他宗教文化に寛容なのは、その歴史的な伝統が残っているのかもしれない
クリスマス祝った1週間後に初詣も違和感なくするしねぇ
無頓着ともいうけどw


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この鳥居も明治期に撤去されたみたいだけど戦後に再建されたみたい

さて、ゴールに向かうとするか


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その前に、戦跡と言えるかわからないが紹介しとく
鳥居付近に鐘がある


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その裏に舗装された道があるが・・・


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そこにある止水栓の蓋が海軍のマークになってる
工廠のものかはわからないけどね
工廠跡地から持ってきたのかも・・・?


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豊川稲荷を抜けて参道へ向かう
さていよいよゴールとなる


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参道の小道に門前薬師堂がある
そこがブラアイチin豊川のゴールになる


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GOAL!(*´ω`*)


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最後にアンケートに答えたらばうむくうへん貰った


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ということでブラアイチin豊川これにて終了!
ブラアイチは今後も注目したい!
千種の鍋屋浄水場近辺やってくれないかなー?



ということで終わり





・・・とみせかけておまけ


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後日、海軍用地標柱が残ってるのを忘れていたので見に行ってきた


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豊川の市役所と図書館の間の陸上競技場に向かう道にある
少し風化しているが二重波線と海軍の文字が残ってる


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そこから少し東に行った中日新聞社豊川通信局前にもう一個ある


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こっちはかなり綺麗な状態


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さっきのに比べてかなり良好な状態で現存してる


以上です!
ということでこんどこそ終えるw

バイバイ( ´Д`)ノ~




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前回からの続き!


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豊川海軍工廠平和公園を後にし次なる場所へ向かう


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更地工事の現状を眺めつつ歩いていく
あの土塁は残すのだろうか?


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何やら基礎が残っている


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名古屋大学太陽地球環境研究所の建屋が壊されている
この日はガラスを割る音が響いていた
バリーンバリーンってやってる
絶賛破壊中の模様


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少し歩いていくと・・・


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土塁が残ってる
ここはどうなるのでしょう?


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よく見ると可愛らしい気がする・・・
ほら、出っ張り具合とかさ


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次にトピー工業を目指したがトイレ貸し出しのみだったのでスルーする
旧豊川鉄道工廠線を目指す


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トピー工業から東に進んでいき、交差点にやって来た


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海軍工廠の東門があったところだ
この付近に工廠専用線のプラットホームが造られたみたいだけどもう少し南側だったかな?
そのプラットホームから支線が工廠内に敷設されたようだが
工員はここで降りて歩いて工廠まで通ったみたい


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東門の交差点から少し東に進み、豊川駐屯地の北側にやって来た


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豊川駐屯地の北側に来て当時の引込線に出くわした
今は日本車輌の専用線となっている


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当時の門柱も残ってる


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佐奈川まで行くと旧豊川鉄道工廠線の佐奈川橋梁がある


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当時のものだが2013年に塗装したようだ


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踏切から駐屯地側を眺める



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こっちは反対側


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ここから東側に西豊川駅があったみたいだ
ブラアイチのルートではなかったので後日、旧豊川鉄道工廠線を辿ってみた
ということでブラアイチからちょっと離れる


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佐奈川を渡り更に東に進む


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もう少し進む


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少し開けた場所がある
どうやらここが西豊川駅だったようだ
南側に桜木公園がある


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当時のものかどうかは分からないが何かの土台が残っていた


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更に旧豊川鉄道工廠線(現・日本車輌引込線)を豊川駅まで辿ってみる


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道中、犬をdisった看板があったついでに豊川鉄道について簡単に説明する


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豊川鉄道は明治期に豊橋から牛久保町(現豊川市)を経て新城市まで鉄道敷設し
豊川稲荷参拝客の輸送を目的に設立された


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1942年5月12日に豊川鉄道により豊川~西豊川間2.4kmが営業開始される
しかし1943年8月1日に国有化され国鉄飯田線西豊川線となる
そして豊川鉄道自体は1944年に名古屋鉄道に合併され消滅したのだった


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ということでホントに簡単だけど豊川鉄道の説明終わり
西豊川駅から東に延びていた軌条は弧を描いてJR飯田線に接続する
カーブの部分は盛土になっている


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架道橋を超えていく


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カーブを終えた部分の踏切までやって来た


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谷川踏切と言うらしい


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ここらでJR飯田線と交わる
専用線の方が雑草が茂ってあまり整備されていないのが分るだろうか?


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もう少し南に行った踏切で撮影する
画像の右側が旧豊川鉄道工廠線だった部分
豊川駅で軌条は切り替え出来るようになっている


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豊川駅まで着いた


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ついでだから名古屋鉄道の説明もしておこう
画像は名古屋鉄道諏訪駅

豊川海軍工廠の開庁時は機銃部と火工部のみだったが徐々に拡大していき
1943年には100万坪にもなる敷地を有し工員は6万人にもなる
ただ工廠までアクセスするには名古屋方面からだと名古屋鉄道で豊橋駅や伊奈駅までいき、
国鉄飯田線に乗り換えるという遠回りなアクセスだったため工員はかなり不便を強いられた
そのため海軍が名古屋鉄道に工廠正門に接続するように要請されたため、
1945年に国府駅からこの諏訪駅(当時は市役所前駅)まで開通させる

当時、戦時中だったため資材の入手が困難だったため碧西線のレールや揖斐線や谷汲線の車両や
天白変電所の設備を利用し、なんとか開通させたみたい


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ということで舞台を伊奈川に戻すこととしてブラアイチに話を戻そう・・・
と思ったけど長くなったので残りは次回ってことで~



つづく





プロフィール

yuuki

Author:yuuki
愛知県在住の会社員です
産業遺産や戦争遺産などがメインです
普通免許を持っていないため移動は基本的に
公共交通機関と徒歩です
写真は素人なので期待しないでくださいw

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