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GO EXPLORING

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主に産業遺産や戦争遺跡の他、B級スポットなど巡ってます 気まぐれで更新して行きたいと思います



前回の続き


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水槽跡があるが砂利が敷き詰められている


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当時の街路灯がいくつも残っている


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平和公園内にある第一火薬庫へ向かう
パッと見、山を掘ったように見えるがコンクリート建屋である
外部は覆土でカモフラージュされているが米軍は把握していたようだ


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内部は綺麗な状態
第一火薬庫には三つの部屋が造られている
火薬庫扉前には当時のプラットホームが残っていて倉庫入り口にトラックがベタ付け出来るようになっている


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どうやらガイド付きでなら内部の見学が出来るみたいなんで団体についていく


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扉は湿気対策のため二重扉になっていて、火薬庫をぐるっと囲むように空間が造られていて湿度と気温が保たれている
たいていの火薬庫ってどこも二重構造になってますな
扉には金庫のようなダイヤル式の鍵が付いてる


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最初の部屋に入る
内部ではガイドの方が解説してくれている


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内部は火薬庫特有の黒塗りのコンクリートの下地に板張りだったみたいだ
板は復元のようだが奥の方は分かりやすいようにコンクリートがむき出しにしてある


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他の二部屋はすべて板張りとなっていた


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トンネルには当時の配電盤が置いてある
元々薬筒乾燥場にあったものを移設したみたい


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排水管も落ちてた


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弁の蓋も落ちてるが海軍のマークが模されている


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外に出て火薬庫上部を見ると排気筒がいくつも生えてた


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外周には排水溝が造られている


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その排水溝の一部に壊れた部分がある
どうやら空襲で落ちた500ポンド爆弾の跡のようだ
豊川で起きた空襲の大半は南側が狙われたみたいだが、平和公園のある北側は比較的被害は少なかった
そのため現在平和公園のある場所の工廠の遺構は残ったみたい


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つづいて名古屋大学の宇宙地球環境研究所の敷地内へ向かう
普段は立ち入れないがこの日は自由に出入り出来た
あと、名大敷地で更地化されているのは東側で西側はまだ現存している
先々はどうなるかわからないけどね


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とりあえず太陽風を観測する巨大電波望遠鏡を目指す


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こちら側にも街路灯がいくつも残っている



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巨大アンテナに辿り着いた
詳しいことはわからないが、これで太陽風を観測しているらしい
太陽風って太陽のコロナのガスが100万度に以上になり、水素原子は陽子と電子に分解されプラズマになる
このプラズマのガスが太陽から噴き出して惑星間空間を抜けていくのが太陽風らしい・・・


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・・・うむ、全くわからん(`・ω・´)



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この巨大アンテナの両サイドに第二火薬庫と第三火薬庫がある
まずは第二火薬庫を見てみる
中には入れないけどね
造りは第一火薬庫と同じだと思われる


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パッと見ほぼ第一火薬庫と一緒だが何やら色々置かれている
アンテナ関係のものかな?


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続いて第三火薬庫だが、こちらはアンテナ越しでしか確認出来なかった
このアンテナ無数にワイヤーが張られている


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こちらも造りは似ているが部屋は一つだろうか?


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次に原料置場と爆弾穴を見に行く


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電燈がへし折れていた


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なんか見えてきた


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原料置場にやって来た
二棟現存している


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こちらが西側の建屋になる
煉瓦建屋になるが表面をモルタルで塗られているがかなりコンクリートが剥がれている
というのも爆弾がこの西側建屋の南側に落ちたためのようだ


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内部は荒廃が進んでいる
当時のまま残してあるんだろうか?


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次いで東側の建屋
こちらも外観は変わらないが西側に比べ煉瓦の露出は少なめ
爆弾の落ちた位置関係のため西側の建屋が盾になったため被害が少なかったのだろう


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ただ内部は同様に荒廃している
ここらのエリアは窒化鉛という起爆薬が製造されていたらしいんだけど、たぶんアジ化鉛のことと思われる
ここにはそれに使用する物質が置かれていたんだろう


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次に爆弾穴を見に行く


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工廠内には多くの500ポンド爆弾が落とされている
ここもその一つ
画像では分かりづらいが直径8m、深さ1.8mもある
かなり風化は進んでいるが・・・


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豊川海軍工廠が空襲されたのは昭和20年8月7日
広島に原爆が落とされたように翌日である
その前にも度々空襲があったが小規模のものだった

8月7日の空襲により約2500人もの方が亡くなっており、工廠も壊滅している


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同日午前3時前後にグアム・サイパン等から米軍基地をB-29が離陸する
離陸したB-29は131機(内124機が飛来)は3499発の500ポンド爆弾を配備していた
午前6時30分、硫黄島からP-51ムスタングが48機(飛来は45機)が加わる
そして午前10時13分に豊川に空襲が開始されて僅か26分間に3256発もの500ポンド爆弾が落とされている
これにより工廠は壊滅してしまった
この時期、日本には迎撃する能力は残っておらず、ただ蹂躙されている状態だった


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爆弾穴周辺には破壊されたコンクリート遺構が残る
機銃台座だったのでは?と言われている


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哀悼の意を込めて紹介させてもらった豊川海軍工廠平和公園を後にし次に向かう



続く





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プロフィール

yuuki

Author:yuuki
愛知県在住の会社員です
産業遺産や戦争遺産などがメインです
普通免許を持っていないため移動は基本的に
公共交通機関と徒歩です
写真は素人なので期待しないでくださいw

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