GO EXPLORING 廃墟

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主に産業遺産や戦争遺跡の他、B級スポットなど巡ってます 気まぐれで更新して行きたいと思います


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呉編オーラス!!
舞台は呉市警固屋9丁目あたり?

目指すは呉海軍工廠 長郷地下工場跡!!
総距離732mと程々のサイズ
WEB上には何の工場か不明となっていたがアジ歴を見ると水雷の製造に関係した工場だったんじゃないかな?
 (件名標題  H地区  レファレンスコード C08011262400  画像1と34)

ともかく最後を締めくくるにはここが相応しいじゃなかろか!!


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呉市の南側の海岸沿いには戦時中にいくつか地下工場が造られている
それらほとんどが埋め戻しされたり、入口が塞がれたり、どこにあるのかわからなかったりしているが
私有地にあるためか、唯一?まともに現存している


いや、それにしても海が綺麗な~(*´ω`*)


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民家の裏に壕口を見つけた
おそらくここが地下工場の入口だろう
道路沿いにあることから設備等の搬入はここからだったんじゃなかろか?

と言っても民家敷地内なんでここから入るわけにはいかないし、内部は塞がれている可能性が他界
なんで唯一残っていると言われている壕口を探す


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ここがその壕口
パッと見ただけでは気づかない場所にある・・・っていうか
他所様の畑の中にあるので勝手に入るわけにはいかない

とりあえず近くにいた人にどの家か教えて頂きご訪問する
突然の訪問で申し訳なかったが許可と壕口の場所も案内して頂いた(感謝!)

許可を取っての入壕なんでいつもみたいに長々と入っているとあらぬ問題が発生してしまう可能性がある
なんで程々で切り上げないといけないだろう
ということでとっとと入る


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の前に・・・今回からバードウォッチング長靴(←なんちゅう名前だ)なるものを持ってきた
普通の長靴だとどうしても荷物がかさばってしまうし重い
だからといってウェーダーは大きすぎて移動するには邪魔になる
これだとクルクル丸めてコンパクトにできる


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ちなみに日本野鳥の会推奨らしい
ということで中に入ろう


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内部はコンクリートで巻かれていて
足場は若干ぬかるんでいる


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数m進むと分岐が見えてきた
真っ直ぐ進んで左に曲がるルートと右に曲がるルート


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とりあえず真っ直ぐ行って左をみるとこの辺りから水没しているがまだ膝下ぐらい
足場も泥が溜まってはいるがしっかりしているし
コンクリが打たれている感じ
奥の方には壕口を埋めた形跡?


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近づいてみると埋まってはいるものの左に穴が空いている
曲がってみると・・・


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地下工場らしい雰囲気を纏った景色だ!
上部には当時の碍子が残る
早速奥へ・・・


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・・・バシャバシャ進んで行くとここで問題発生!!


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あぁ~!!長靴に水入ってきた(;´Д`)!!

膝上まで水が来てしまったので止む無く撤退・・・orz
流石にウェーダー持って呉までは行けないなぁ~

奥の方が気になるが戻って最初の壕口にあった分岐点へ戻る


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侵入口入ってすぐの分岐を右に曲がると・・・素掘り?


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かと思ったら壁面の下半分だけコンクリで巻かれていた
奥の方はまだ坑道が続いている感じだ


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コンクリの上は棚にもなりそう?
でもコンクリアーチで巻かれているところに比べれば崩落が進んでいるような・・・


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奥の方は再びコンクリートアーチ
その向こう側は分岐点となっている
コンクリートアーチをくぐり右手をみると・・・?


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閉塞していた
人工的に埋めた感じがする
振り返れば・・・?


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変な画像が混じってたから上げておく


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・・・振り返れば結構な坑道が続く
というかなんか奥の方で土がこんもりしてる?
まあ、上が空いてるからいいか

それよりもなんかここコンクリートで巻いてたり巻いてなかったり、巻いてたり巻いてなかったりを繰り返してる?
そして壕床はコンクリが打たれている

地下工場としてはかなり優秀な造りだ


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こんもりした部分を超えると今度はY字に分岐
左側へ行ってみる



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ここらが生産を行ってきたあたりか?
再びコンクリートアーチが続く


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上部には当時の碍子が残っている


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下部には碍子が産卵している


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バイクも埋まってる


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進んで行くとまた土が入れられている?


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再び素掘りと壁面だけコンクリ巻き
そして土砂が流れ込んでいる?


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適当に行くと土砂とゴミが増えてきた
ひょっとしたら出口が近いのか?

そしてドラキー達のお出迎えが始まった


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またバイクが埋まってた


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LPガスもある

※こういうところの古いガスボンベやガス缶、消火器等は下手に触って亀裂が入ると破裂する可能性があるので決して触らないように
手榴弾のように破片が刺さって死ぬことがあります



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で、ここらから壕内部の構造が曖昧になってくる
適当(←といっても出口方向は分かる)に進んでいくと・・・


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壕口があるが土嚢が積まれている


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更にふらついてると人工的に土を入れられた部分が出てきた
埋め戻そうとしたことがあった?



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天井が近いが歩けないことはない
周辺ふらついていると・・・


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なんか見つけた
たぶんここでクイズ大会があったんだろう
平和利用ってやつですね♪わかります(´・ω・`)


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更に行くと・・・


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塞がれた壕口があった
冒頭あたりで触れた民家裏かな?


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そして大体回ったかな~っと思って帰還時に動画撮ってたらもう一個の壕口を発見!!
こっちは水没が酷いが背伸びすればギリギリ行けた!


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外へ出ると・・・
あ~ここに出るんだ~


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とりあえず戻ろう
まだ動画撮りたいし


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いい状態の入口だ( ´ω`)


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ということで無事脱出!!
所要時間約1時間30分
無事脱出したことと、御礼を言いに行くと
「早かったね」
と言われた

聞くとどうやら最近20人程の団体が入ったようなのだが4時間程たっても出てこなかったから
中で何かあったかと思ったようで119番してしまったらしい
消防車が到着した頃に中から出てきたとのことで事なきを得たようだが・・・

ふむ、やはり長時間入るなら途中で連絡は入れるべきだったろうね
中で事故があれば責任の所在は所有者となってしまうしね・・・
そして救助の費用は自分に回ってくることだろう
許可を取って内部に入る場合はいつも以上に気を回さないといけないでしょう



まあ、何はともあれ呉編はこれにて終了!!


じゃあね(。*・д・。)ノ


おまけ動画 其の一
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おまけ動画 其の二
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呉探索つづき


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入船山記念館にやってきた
今回は開門している
ちなみにこの門柱裏には大正三年と書かれていた


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入口を入ってすぐ東郷邸があった
東郷平八郎元帥が呉鎮守府参謀長時代に住んでいた離れ座敷だそうな(現休憩所)


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内部は純和風


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なんかある


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呉海軍工廠塔時計
造機部の屋上に設置されていたものを移設させたそうな
現在も時を刻んでいる


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付近には番兵塔があった
こういうの立哨台って言うと思ったが色々呼び方があるのだろうか?


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番兵塔向かいに券売所がある
初代呉鎮守府庁舎の煉瓦を使用して造られた
ここから有料となる
2~300円ぐらいだったと思う(←適当)


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料金を払って中へ
この門は何時の物かは不明


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石積みの火薬庫があった(現一号館)
警固屋にある高烏砲台から移設したらしい
付近には要塞地帯標が自生していた


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呉要塞第二區地帯標


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海軍省


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呉要塞第三區地帯標


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廣島湾要塞までは読める


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一五しか読めない
二重波線は海軍を表す
ついでに言えば波線一本は陸軍


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内部はこんな感じ


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ショーケースが置いてあった


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当時の薬莢や銃弾が展示されていた


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火薬は抜かれているようだ・・・残念(´・ω・`)?


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火薬庫を出て少し道を離れると色々と記念碑が建っていた


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至誠の碑

江田島兵学校(現第一術科学校)で教わる海軍五省の一つに
“至誠に悖(もと)るなかりしか”があるが
これは真心に反することはなかったか?という意味で
一日の行動を振り返り自省するというもの

この碑はそれに因んだものだろうか?


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萬古(ばんこ)清風の碑

古来伝承の精神を重んじ、親風の清々しい風のように清らかに永遠に持続する
という意味らしい


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応召記念碑

1944年(昭和19年)呉海軍病院 第九期二等衛生兵45名の応召記念碑。


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裏側

戦後戦後と日が過ぎて
何時の間にやら二十五年
今じゃ人生も峠すぎ
過ぎし二等兵が
なつかしや


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旧水交神社社殿
昭和18年海軍により建立され天照大御神を祀った神社


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火薬庫へ戻り長官官舎方面へ行くと砲身が転がっていた

手前は十年式12糎高角砲の砲身


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こっちは前込め式の砲身らしい
詳細は不明だがなんとなく短20糎砲っぽいような?


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郷土館
旧海軍の資料が展示されている

長くなるのでスルー


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これが呉鎮守府長官官舎
NHK「坂の上の雲」のロケでも使用された

正面は洋風だがここの入口は閉鎖されている


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回り込んで入口に向かうと純和風な感じ
洋風と和風が入り混じった造りとなっている
和洋折衷ってやつ?


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壁]*´・ω・`)ノおじゃまします


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初代呉鎮守府長官官舎は明治38年の芸予地震で倒壊している
この二代目官舎はその倒壊した建材を利用して平屋建てで造られた


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そして昭和20年の終戦まで長官官舎として使用され
戦後は進駐軍の司令長官官舎として約10年ほど使われている


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その後、呉市に返還され昭和41年に呉市の史跡に指定されると翌年から一般公開された


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その後、新築当時の資料が発見されると
平成3年から4年もの年月をかけ新築当時の姿に戻ったようだ


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食堂にやって来た
テーブルには海軍艦上午餐会の食事が再現されていた


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プリンも再現


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きっとこれも再現


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和館部を通って出口へ向かう


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畳部屋は立ち入り禁止
外へ出よう


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長官官舎向かいに歴史民俗資料館
官舎には日本国内に数例しかない金唐革紙を使用されたことから
それにまつわる展示内容なのでスルー


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下を見たらなんかあったのでそっちへ


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あっ!!
番兵塔だ!!
放置されてるじゃん
どっちかっていうとこっちの方が味があるのに・・・

ついでにポストもある
投函しても多分届くことは無いだろう


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途中になんかあった


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入船山の避難壕だが内部はコンクリートで塞がれていた


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下に行くとやはり煉瓦建家だった
詳細は不明


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二号館とあることから資料館として公開されていた経緯があるんだろう(一号は火薬庫)


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現在は収蔵庫となっている


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建家脇でポッカリと口を開けていた


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内部は塞がれていた


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周囲を探ってみるともう一個見つけた


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こちらも塞がれている
この三つの壕口は内部でつながっていたようだ
場所から長官用の避難壕だろう

ということで入船山記念館はこれで終了

入船山記念館を後にしてちょっとだけ周辺遺構を紹介


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入船山記念館から道路を挟んで西にある旧呉海軍病院(現呉国立病院)
残念ながら当時の面影は無いようだ


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唯一残る遺構の石段
これだけ海軍病院時代の物


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これは入船山記念館へ向かう芸術の坂入口の東側にある呉下士卒集会所跡地(現海上自衛隊呉集会所)
内部には宿泊施設、風呂、購買所があった
明治36年に初代集会所が造られ
明治44年に改修された
現在の鉄筋コンクリート製の集会所は三代目で昭和11年のもの
2500名が宿泊出来たそうな


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入船山記念館北東に自衛隊宿舎があるがなんとなく周辺を歩いていると・・・


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コンクリートにレンガが埋まってた
通気口か?
宿舎下に地下壕があったのだろうか?


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なんだこれ?


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そして付近には呉YMCA(西○さんとは無縁)
戦時中は海軍の倉庫、戦後は進駐軍の将校が使用していた


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土台は煉瓦
建物は当時のものらしい


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ということで入船山記念館レポはこれで終了



呉編は次物件でオーラス!!







呉探索はまだつづく!


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舞台は少し移動してJR安浦駅へやって来た


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目的地は安浦漁港
駅から歩いて15分くらいだったかな?
その漁港にある船を見るのが今回の目的!
いや~それにしても遺構のたくさんある街っていいね


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呉といえば海軍(*-ω-)(-ω-*)ウンウン


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海軍といえば戦艦(*-ω-)(-ω-*)ウンウン


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戦艦といえば船(*-ω-)(-ω-*)ウンウン


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船といえば・・・コンクリート(*-ω-)(-ω-*)ウンウン


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ということで見えてきたよ!


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コンクリート船武智丸(*´ω`*)!!


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武智丸の歴史についてはこちらのサイトを参考にさせて頂いきました
安浦町まちづくり協議会

ここ安浦魚港には戦時中に造船された第一武智丸、第二武智丸が防波堤として利用されている
昭和20年に防波堤の無かった安浦漁港は枕崎台風により甚大な被害を受けた
そこで二隻のコンクリート船が防波堤として設置された
このような戦後利用がなければ破棄されていたかもしれない

漁港側手前から第一武智丸、奥が武智丸と並んでいる
こちらは第一武智丸艦首

ちなみに呉市音戸町にある坪井港にも曳航式油槽船(コンクリート船)があるが
こちらはエンジンを積んで自走航行していた

ちなみに時間の都合上坪井港の方へは行けなかった


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その下には艦首入り口があるがこの時は若干水没ぎみ
時間帯によってはいけるのだろうか?


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反対の艦尾側
遊歩道が作られているがこれは先にある灯台に行くためにつくられたそうな


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武智丸には2つの船艙(貨物を積み込む場所)が造られている
そう武智丸は戦艦ではなく輸送船として製造された


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降りてみた

それにしてもコンクリートが浮くのか?とか思うかも知れないが
コンクリート船は第一次世界大戦あたりから鋼材の不足から
欧州を中心に計画、建造されている


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外型を木材、中に鉄筋、その内側(船体内側)を木材で造り、その隙間にコンクリートを流し込んで造ったようだ
ということは木筋コンクリート船?


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第一武智丸船尾側


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中に入ると床?が濡れている
満潮時には恐らく海水がここまで満ちているんだろう

それにしてもいい雰囲気だ♪


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中央にある開口部が多分機関室
水没のため入ることは出来ない


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当時のものか?


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艦尾最後部
でもコンクリートの船があるくらいなんだからコンクリートの車ってないのかな?

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さあ、遊歩道に戻ろうか


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遊歩道に戻り第一武智丸艦尾上部から眺める
ここが甲板だったんだろう
コンクリートの骨組みって素晴らしい!!


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第二武智丸へ移動する
これは第二武智丸艦尾部分
第一と第二は艦尾同士を繋いである
構造は第一と同じだがこちらのほうが水没していない分状態は良好


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第二武智丸船艙
内部は水没


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艦尾部分へ


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やはり第一と違って状態が良い


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機関室が水没してるのは一緒


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艦尾最後部は少し海水が溜まっていた
ここらで武智丸の簡単な歴史について


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船の基本設計は遠山光一技術中佐,実施設計は舞鶴海軍工廠の林邦雄技術中佐が行った
製造に関しては民間会社社長の武智正次郎が行った
彼は造船業ではなく土木業の会社を経営していたようで
造船業に関しては素人だったわけだがコンクリートに関してはお手の物だったんだろう

武智氏は林中佐とドック探しに奔走,兵庫県高砂市の廃塩田に決定した
そして「武智造船所」と名付けられ、完成したコンクリート船は造船所の名から取り
武智丸と命名された


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武智丸は四隻造られた
第三武智丸は戦時中に瀬戸内海の小豆島沖で触雷沈没
第四武智丸終戦後完成したが、台風の影響で神戸沖で座礁し、のち廃船となったらしい


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武智丸の役目は海軍の雑用船だった
瀬戸内海の大坂、若松、呉間を石炭、鉄鋼、雑貨等を運搬していたようだ

ちなみに色々なサイトを見ていたら南方の方まで出向いた等のことが書いてあったが詳細は分からない
タンカーや護衛船に引っ張ってもらう機関部を持たないコンクリート製曳航式油槽船はシンガポール方面まで行ったようだが・・・
色々とごっちゃになってそうな気もする


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この船が何処まで航行したかは分からないが
意外と頑丈な船だったようで
神戸港で後方からぶつかってきた鋼船を沈没したり
先行する鋼船が触雷(機雷による爆破)し沈没したのに対し
金属でない武智丸は爆発することなく、ヒビが入った程度だった
修理もモルタルを塗りこむだけで済んだようだ
まあ、第三武智丸は沈んだけど・・・


画像は第二武智丸船首
さあ、中へ入ろう


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この他にも利点があった
建造期間が短く建造費も安く、断熱性がく、振動が少ないことなどだ
予想に反して実用性は高かったと言える


画像は第二武智丸船首内部
丸っこいのは漁業の道具?

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だが当然欠点もあった
やはりコンクリートは重いため船体が重くなってしまい、速力も遅く、燃費も悪かったようだ
というか致命的な欠点?
まあ、そのせいもあって戦後は製造されることはなかったようだ


画像は第二武智丸船首最前部

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管が残っていた
多分、錨のチェーンの通る管だろう


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第二武智丸船首方向から
前方の穴はたぶん錨のチェーンが通ってた穴で
その向こう側の土台はそれを引き上げるウインチのあとかな?


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船首部分へ降りてみると
鋼板が使われていた


うん、これで八丈島へ行こう(`・ω・´)!!


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・・・なんてことを考えてしまう武智丸でした

そういえば最近、東京湾要塞第一海堡にBBQ行った輩がいたそうな?そんでSOS?
いや、記事とは関係ないけど・・・まあ、あんま人のこと言えないかな?


それはさておき


呉編はもうちょいつづく・・・


おまけ動画
第一武智丸艦首~第二武智丸
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呉編つづきです!
アレイからすこじまから少し西に行ったところにある串山へ向かった
ここにはいくつかの遺構が残っている

だが時間はすでに16:00をまわっている
ということで日が暮れる前にさくっと周辺を探ってみることにした


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アレイからすこじまからセブンイレブンと海上自衛隊第一潜水隊群司令部の交差点から串山へ向かうと壕口発見


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ここ串山には呉海軍工廠の地下工場が造られていたようだ
詳細は分からないがいくつかのトンネルが掘られたらしい
現在は塞がれてしまっているが・・・


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工廠神社の石碑
串山の中腹には昔工廠(産業)神社があった


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こっちは産業神社の石柱
奥には石段があるので登ってみる


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急な石段を登れば見えてきたコンクリート(*´ω`*)!
入り口らしき部分は塞がれている


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上にあるのは防空監視所
スリット部分がステキだ


DSC00213_convert_20140906133459.jpg


隙間から写真を撮ってみたら例のごとくゴミだらけ


DSC00216_convert_20140906011142.jpg


下へ降りる階段が見える
先ほどの入り口に繋がっていたのだろう


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頭頂部
機銃座か?
監視所付近には25mm機銃が設置されていたようだが・・・?


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更に石段を登り工廠神社跡まで行ってみる


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がらんとした空き地が広がっていた


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この工廠神社は大和の完成を記念して造られたらしい
だが残っているのはこれだけだった
呉海軍工廠の大空襲で消失してしまったのだろうか?


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再び石段を降りアレイからすこじま駐車場方面へ向かう
駐車場入り口向かって左側には職工教習所、工員養成所跡地の記念碑が建っている
恐らく駐車場がそうなんだろう・・・

・・・駐車場の写真は撮ってなかったけどw


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駐車場向かって右側には海軍技手養成所跡地の記念碑があった
そして上を見上げれば・・・?


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港湾監視所だ(*´Д`*)!!


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無機質なコンクリートがいい味出してる


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少し横側からコンクリートを打たれた斜面を登ってみたが・・・


DSC00251_convert_20140906012830.jpg


横側に開いていた小さな穴から撮影してみたが内部の確認は出来なかった
というのも足場がなく、大き目の監視窓までは行けなかった
・・・というか落ちたら大怪我必死!!
いや落ち方次第では死んでしまいそうな・・・

・・・あっ!良い子は真似しないように~


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コンクリートで固められた斜面の向こう側(監視所の反対側)に行ってみると・・・


DSC00257_convert_20140906020647.jpg


こっちにも謎のコンクリートがあった


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なんだろう(´・ω・`)?


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さらにそこの下の方には謎の煉瓦建屋があった


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窓の位置が高い
内部の様子は分からなかった


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なんか見つけた


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内部はコンクリートで固められている
弾薬庫?

とりあえず目的だった二つの監視所は見ることが出来たので
他になんかあるかもと思い串山周辺プラプラしてみた


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やはりここにはいくつもの地下壕が掘られてんだろう
いくつか壕口を発見した


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いくつもあるのだが・・・


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塞がれていた残念のが残念


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周辺ぷらぷらしてると・・・・


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あっ!!なんかある( ・`ω・´)!?


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あれ!?煉瓦アーチか??


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奥行きはない・・・なんでこんなとこに?
何だろう・・・倉庫か?

もうすぐ日も暮れるがちょっとだけ山に入り辺りを探ってみる


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またあった!!


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こっちは白く塗られている


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奥の壁面も煉瓦だ
戦後塞いだっていう感じではないから元からこういう形状なんだろう


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三つ目発見


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ホントに謎遺構
煉瓦トンネルはこの三つだけ見つけた
時間もあまりなかったのでちゃんと探索出来たわけじゃないから探せば他にもあるかもしれない


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あと道路沿いには埋まった煉瓦遺構もあった?
水路だろうか?


予想以上に謎の多い場所だった


ということで・・・
最後に串山に残るとある場所を紹介する!!




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フェンスの向こうになんかある・・・


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狭い壕口に体を滑り込ませる・・・っていうかコンクリート室!?
ここが地下工場だったところか?


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中に入ると・・・・台座っぽいものが?
いや、椅子か?


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いざコンクリート壁面の向こうへ!!


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・・・行くと錆びた一斗缶が産卵していた
何時のものかは不明
前を見れば・・・


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かなり崩落が進んでる?
とりあえず崩落したところを登ってみる


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振り返ってみる
入り口だけはコンクリートだ


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崩落部分を登ってみると向こう側がある?
こうしてみると崩落と思ったが未成のまま終戦を迎えたのだろうか?


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降りてみると右に坑道は続いていた
20~30mぐらい?


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突き当りまで行くと坑道は山肌に向かっていた
よくある?コの字の壕のようだ


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こちらの出口もコンクリートで巻かれていた


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案の定壕口は塞がれていた
・・・ということで進入口より脱出する


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すでに外は真っ暗だった
さあ、戻るとするか!


ということで串山に残る遺構達でした~



呉探索はもうチョイつづく~


おまけ動画
呉海軍工廠串山地下工場跡?帰還ver.
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プロフィール

yuuki

Author:yuuki
愛知県在住の会社員です
産業遺産や戦争遺産などがメインです
普通免許を持っていないため移動は基本的に
公共交通機関と徒歩です
写真は素人なので期待しないでくださいw

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