GO EXPLORING 廃墟

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主に産業遺産や戦争遺跡の他、B級スポットなど巡ってます 気まぐれで更新して行きたいと思います


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前回のあらすじ

矢筈山保塁を目指し矢筈山へと向かうが麓の公園で謎の煉瓦塔を見つけた自分は
保塁跡探索後、再び煉瓦塔へと向かうのだった
果たしてあれは何だったのだろうか?
宗教施設?公共施設?オブジェ?
・・・まさか念写(;´Д`)!?
よし!最後のやつだったらその足で病院に行こう!

・・・ということで再び小森江子供のもり公園へ~♪


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登山道を降りて公園に入ると何かオブジェがチラホラ


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目の逝ってしまったキツネ


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こっちは出来がすごいw
さっきのももうちょい愛情かけてやれよw


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公園内にはこんな物も?


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砂防堰堤と書いてある?


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こんな小さな橋の下には・・・


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小さいけどこれも堰堤?


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よくある看板
でもイノシシ注意って・・・


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こいつじゃないよね(´・ω・`)?


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危険な遊び=野球ってことですね?
分かりますw



とまあ冗談はそのぐらいにしといて本題の方へ・・・


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再びやって来た煉瓦塔!!



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ベタな表現だけど・・・うつくしぃ・・・


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で・・・これの正体は小森江貯水池の取水塔
小森江子供のもり公園は小森江貯水池の跡地を利用してを造られた
(1920(大正9)年起工、1923(大正12)年に竣工)
ただ小森江貯水池は貯水率が低く不測の事態に備えて造られたようです


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先ほどの引きの画像(中途半端な引きの写真しかないw)を見てもらうと周囲が堰堤となっているのが分かる
おそらく当時は塔の大半が沈んでいたんだろう


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パイプも残っている
これが取水口かな?・・・だが
なんか詰まってる(´-ω-`)・・・


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塔の上部には梯子も現存
当時は水没してたからこれだけの長さなのかな?


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ちなみにこの場所
映画「おっぱいバレー」のロケ地でもあるらしいです
自分は見てないんで分かんないけどw
なんかランニングのシーンで出てくるとか出てこないとかw


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ということで小森江貯水池に別れを告げる


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周囲には貯水池だけあって水路が造られている


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ここのことは全く知らずに来たんで
なんか思わぬ拾い物だった感じ


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公園を出て最後に振り返る・・・・・・・・・・・


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



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・・・・・・・・・・・・・・・なんかあった!!Σ(゚д゚lll)!!!


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まさかの水門!!
危うく見逃すとこだったヾ(*´∀`*)ノ!!



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○寒泉?
一番右の字が読めない・・・


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内部も煉瓦!!
水路隧道!?


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奥は取水塔に繋がっているんだろうか?
中へは柵に錠がされていて残念ながら入れない


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それにしても変わった造りだなぁ・・・
水門があって、もう一個入り口があって、坑口があって・・・三重の入り口?
こういうもんなのかな?
自分が知らないだけ?



ということで小森江貯水池跡は以上!!




旅はまだ続くのさ・・・



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前回の続き~

手向山砲台の次に向かったのは矢筈山保塁跡!!
ちなみに対艦射撃用が砲台で、陸戦砲台を保塁といいます


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まず、門司駅と門司港レトロ駅の間にある小森江駅へ


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矢筈山へは駅から結構歩く
って林芙美子って誰(´・ω・`)?


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目指すのはあの山の頂上付近w
割れた山頂の右の方
こんな真夏に・・・バカダナー(´-ω-`)・・・


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矢筈山の麓の小森江子供のもり公園にたどり着く
ここを通って矢筈山の登山道へ行くのだが・・・


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なんかある!!Σ(゚д゚lll)!!
ここが思いがけず濃い場所だったw
まあ、今記事にするとブレちゃうんでここは次回という事でw
先へ進む


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あっっっっっつい中、山道を登っていくと・・・


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矢筈山保塁到着~♪
ちなみにこの石柱は昭和40年代のもの


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近くには煉瓦の瓦礫が・・・門柱?


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矢筈山の由来
ここに書いてあるように、ここは現在キャンプ場として使用されている

ここは明治18年に建築認可され
20年起工されますが、竣工時期はよく分かりません
15糎(cm)榴弾砲6門、9糎臼砲4門が配備されました


ということで早速内部へ~♪


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さらに近くにはこんなモノも・・・
水槽だろうか?


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美しい石積みの塀を横目に奥の方へ行くと・・・


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なんかキャンプ場と化している(´・ω・`)


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掩蔽部も・・・


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倉庫として利用されている
しかも扉付きw


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壊されるよりはいいか(´・ω・`)



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掩蔽部はこれまで見てきたのと違う煉瓦の色?
何故か白っぽい煉瓦・・・
たぶん煉瓦だよね?これ?


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奥の方に階段があったのでそっちのほうへ~


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振り返り


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適当に歩いているとコンクリートの壁があった・・・
覗いてみたら地下の掩蔽部があるじゃないですか!


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せっかくなんで・・・


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降りてみた(´・ω・`)


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内部は狭い
ってか蚊がスゴイ(;´Д`)


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掩蔽部の上の方には排気口が残っていた


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筒ごと現存している


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傘付きのヤツもある!!
これは初めて見た!!


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特に地図とか持ってないので適当にふらつくと・・・


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トンネル発見!!
中にある掩蔽部が普通に部屋だった・・・


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両端が石積みの塀を進むと・・・


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砲台跡と思しき場所を発見!!


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砲床は雑草で覆われている
時期を考えればまだましな方か?


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そしてまたコンクリ塀発見!


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位置的に弾薬庫だろうか?
さっきのとたいしてかわらんだろ?と思って降りてない


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その先にも砲台跡発見!


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そして最後に見つけた砲台跡
ベンチとかテーブルとか設置され、食事が出来るようになってた


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最後に・・


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ここからの景色
砲台跡はどこも景色はいいねぇ・・・(´-ω-`) 


ということで・・・
矢筈山保塁終わり~



再び山を降りて最初の方で少し触れた小森江子供のもり公園へ戻る


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つづく





大津島を後にして次に下関に向かった


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とりあえず下関で宿泊~なんだけど・・・


電車の中からすごい混雑してたから、なんだ?って思ってたらその日は関門海峡の花火大会だったらしい
駅に降りたらホームから改札出るまで凄い行列が出来てたから・・・えらい時間かかった!!
ということで・・・

せっかくなんでちょっと見てきたよ(*´ω`*)


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なんか船越しに見てると爆撃されてるように見えた(`・ω・´)
まあ、花火大会は置いといて・・・

次の日福岡の小倉に向かい手向山の砲台跡を目指した

ここ関門海峡付近には多くの砲台跡が築かれ、ここら一帯を下関要塞と呼ばれた


明治時代、四面を海に囲まれた大日本帝国は外敵を防ぐため、全国に砲台を整備する必要に迫られていた。1886年(明治19年)には陸軍省が全国に砲台を建築する事を計画し、関門海峡でも1887年(明治20年)9月より、田の首砲台・田向山砲台を起工し要塞の建設が開始された。この時代の防衛は、敵が海岸付近まで攻めてきた所を船と協力して撃滅する、まさに「陸に砲台、海に船」といったものであった。そのため、陣地は関門海峡の沿岸に集中しており、多くの大砲が設置された。
1895年(明治28年)4月には東京湾要塞司令部と共に下関要塞司令部が設置された。その後、1899年には要塞地帯法により下関要塞地帯と名付けられ、写真撮影などが禁止された。重要な拠点であった下関要塞は重要な軍事機密でもあった。1893年(明治26年)には英国汽船クレーブランド号の「乗組員」が下関要塞の古城山砲台に侵入、施設図面を記録し逮捕されるという事件がおきている。
日露戦争が終わり、平和な時代になると要塞の整理が行われ、特に街中にあった敷地の一部が払い下げられた。現在では市民の憩いの場である老松公園もこの敷地を使ったものである。昭和に入ると日本と朝鮮、満州との間を守るため、玄界灘の島々に砲台を設置し、壱岐要塞や対馬要塞とも協力して朝鮮海峡全体を防衛するようになった。また、関門海峡一帯には空襲を防ぐために高射砲を多く設置した。小倉は小倉陸軍造兵廠を持つ軍都であったので激しい空襲も行われたが、要塞は終戦までその任務を全うした。

 ~Wikipedia抜粋~


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今は手向山公園として整備されている


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ちなみにこの山、宮本武蔵の養子の伊織が所有していたらしい


宮本武蔵の死から9年後の1654年(承応3年)、小倉藩で筆頭家老をつとめていた武蔵の養子、宮本伊織が山頂から巌流島(船島)が見渡せる手向山山頂に養父の顕彰碑を建立した。この頃、伊織は小倉藩主小笠原忠真より手向山を拝領しており、宮本家代々の墓は武蔵顕彰碑のとなりに設置されていた。
   ~Wikipedia抜粋~


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山の中に入ると案内板があった
とりあえず探照灯を目指す


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少し行くと探照灯発見!


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手前にあった説明版


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状態は良好


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円形のコンクリート部分には目標となる地名がどの方角にあるか刻まれている


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もう少し山の中へ行くと・・・


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観測所発見 (`・ω・´)!!


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こちらも状態は良好


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石柱は一本だけ残っている


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粗雑なコンクリートにボルトが残る


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結構コンクリ部分がでかかったりする


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もう少し山を登ると砲台跡がある
掩蔽部もあるが・・・


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第五・・・ごうって読むのか?
分からんw
ここは地下にあったんだろうが埋められていた


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続いてお隣へ


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ここは漆喰?で白く塗られていた
同じく入り口は塞がれている


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上部には銘板があった
明治二十年九月起工 明治二十一年九月竣工と書いてある


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手向砲台の石柱・・・だが裏には昭和四十九年と書かれていた


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説明版


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続いて第三掩蔽部


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ここも入れない


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砲台跡
残念ながら砲座は無くなっている


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第二掩蔽部


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砲台跡
ここも砲座は無くなっている


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第一掩蔽部


この上は山頂なんだけど
そこには武蔵の碑と小次郎の碑があったよ


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これが武蔵の碑で・・・


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これが小次郎の碑
武蔵に比べて謎の多い人物である


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次に手向山の麓にある火力発電所へ
フェンスがあるので中には入れない


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煉瓦造りの建物
例のごとく屋根は無い


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説明版
探照灯へ電気を送るために造られた発電所


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イギリス積みの建物


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奥には井戸が・・・
つっこんだら多分負けだと思う(´・ω・`)


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中には入れないので上からのショット



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手向山麓にあったコンクリの建物
中を覗いたら倉庫として使われているが・・・
説明版に火薬庫もあったとされているが・・・不明



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という感じで手向山砲台を後にして次の砲台へ向かうのだが・・・


とにかく暑かった(;´Д`)!!




続く



プロフィール

yuuki

Author:yuuki
愛知県在住の会社員です
産業遺産や戦争遺産などがメインです
普通免許を持っていないため移動は基本的に
公共交通機関と徒歩です
写真は素人なので期待しないでくださいw

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